異界からの絵 (4)

デスクトップのHDDからデータの吸い上げができたので更新再開します

いやはや、HDDが無事だっただけでも一安心です
人にはよく
「電子データっていうのは価値が付けられないから、まめにバックアップを取るべきだ」
などと説いておきながら自分がこの体たらく
深く反省しつつ、本格復旧へ手を打たねば


「・・・で、今度は何?」
「ルーン文字で結界作ってんだよ」
始めて"王"が出現して以来、ほとんど毎日のように、威人はいろいろな"術"を駆使して状況の打開を図ろうとしていた
典型的な悪魔払いから始まり、密教の護摩祈祷であるとかネィティブアメリカンの精霊への祈りだとか、古今東西の呪術を仕入れては実践していたのである
「そんな節操なくやったって効くとは限らないじゃないか・・・」
直弥はふぅっとため息をついた
「これが日本人の強みと言って欲しいね」
威人曰く、他の国のメンバーは自分が信仰する宗教にけっこう縛られていて、使う術が単調になりがちなのだという。その点、(良くも悪くも)宗教に無節操な日本人のメンバーは、それこそ何でも広く浅くパクっては自分の技術に取り込んでしまうらしい
一点集中専門職人の外国メンバーと、器用貧乏な日本人だ、と威人は言っていた
「ところで、絵はどの程度できたんだよ?」
「ん~・・・8割ってところかなぁ」
しげしげとカンバスを眺めている直弥の後ろから、威人もその絵をのぞき込む。そしてその描写されたものを見て戦慄した
恐らく普通の人が見れば、それは夕焼けの中に何か鳥のようなものが踊る、幻想的な風景画の完成図を思い浮かべるだろう
しかし威人には分かった。それは異界と現世の合間を跋扈するこの世ならざるものの姿
その絵の元々モチーフをその目で視たことのない威人でも、ハッキリ分かるほど禍々しくも妖しい魅力を放つ油絵
・・・威人にも分かっていた。自分がどれだけ頑張っても、直弥の"魂"は確実に異界のほうに引きずられつつある
見るものが見れば、直弥の魂の"影"が異界へずるりと溶け込んでいる様を、まざまざと見ることができるはずである。悔しいが、"王"はその場におらずとも、絵の完成度に比例するように、直弥の魂を吸上げているのである
・・・そのようにして生と死の狭間にあるが故に、異界に在る異形の者たちの姿を自然と捕えてしまい、およそ無自覚にカンバスに描き込んでいるのだろう
そして、直弥本人は自覚がないものの、その意識は徐々に希薄になり、顔からは生気が失われつつあった
まさに「命がけ」の絵画になりつつある油絵…
威人は唇をかんだ
「描き上げるのを、何とか伸ばせないのかよ」
「時間稼ぎって事?」
「率直に言えば、そう言うことになる」
ずばっと本当のことを聞いてくる直弥に、ばつが悪そうに威人は返した
「・・・できないよ。だって"あの人"はこの絵を待ってるんだから・・・」
「あんな奴の期待に応える必要があるのか?」
「・・・それ、どういう意味?」
威人の投げかけに、直弥はむっとして聞いた
「答えないと分からないのか。ヤツラは人間を食い物にするバケモノだぞ。俺たちはヤツラにとって単なる餌に過ぎないんだ。なんでそんな奴に馬鹿正直になる必要がある」
「それでも・・・絵に期待してるって・・・!」
直弥が珍しく強い口調で言い返すので、威人も思わず一瞬ひるんだ
「居所がない、やることが見つからない・・・みんな僕の事なんてどうでも良くて・・・父さんと母さんだって・・・そんな時に一条の光をくれたんだ・・・だから!」
威人はそのセリフに眉をひそめた・・・言われてみれば、直弥が最初に入院して以来、この部屋を訪れているのは威人と医療関係者だけである
そういえば、学校の関係者さえ一度も顔を出していない。今回の件はある意味学校側に責任がないわけでもないのだが、担任ですら彼の存在を忘れようとしているようだった
母親が何日かに一回来るが、威人はその母が病院の入り口近くでヒステリックに携帯で電話しているのを何度か見ている。良くは分からないが、どうやら旦那に電話をしているらしかった。父親は仕事が忙しいとかで、母を手伝う様子もなく全く顔を見せないから、どうもそれを責めているらしい内容で、「もう疲れた」とか「どうして私がこんな」などと口走っていた
「だからこの絵を描ききって、それで僕が体よく消えて、あの人が満足するなら・・・ちょっとは僕だって役に立てたって事だろ・・・」
「オイちょっと待て、オマエな!簡単にそういうこと言うな!!」
「君に僕の生死で何か言われる筋合いはないよ」
「いーや、俺は充分困るね」
「自分の仕事の履歴に傷が付くから?」
威人はぎょっとした。あまりにも図星な指摘だった
「どうせ僕を守るって言うのも、君の仕事のうちの一つでしかないんでしょ?こんな小さな仕事が失敗して、それで自分の人生に汚点が付くのが怖い、それだけなんだろう!?」
「なんだと!?」
「僕なんか死んだって、変なバケモノになっちゃったって、誰も困りはしないんだよ!!」
「・・・オマエ、言わせておけば・・・!」
人間は本当のことを言われると怒ると言うが、威人はまさにその通り激高し、怒りのあまり直弥の首元を掴んで自分に引きずり寄せた
「ふざけるな・・・オマエ、人間が人間ではなくなった後、どんなに悲惨か分かるのか?そいつは確かに人間の姿をしていて、親しかった誰かの姿をしていても、それはもう違うものになってるんだ。そんなことを知らない周りの人間を、自分の姿をした別の何者かが襲い、不幸をばらまいてもわかりもしないようになっちまうんだぞ!オマエは一歩間違えば、そう言うことを引き起こす選択をしかかってるんだぞ!?」
「・・・!」
分からなくなるんだ、人間らしいとかそう言うものが・・・姿は似ていても違うものになってしまうんだ・・・そんなの見過ごしておけるか・・・!」
深くは分からないが、恐らく威人の周囲で似たような状況が起こったのであろう事は想像に難くない
そして間違いなく、その対象者を自ら手にかけたのだろう
まだ二十歳にもならない若者が、人間『だった』ものを『殺し』たという事だ。背負っている負の感情はいかばかりか
「・・・でも・・・」
直弥は悲しそうな顔をしていった
「絵を描きたい気持ちは、心底僕の中から沸き上がって抑えきれないんだ・・・」
威人は直弥の体を乱暴にベットに押し返した
「・・・もう自宅に帰れ。ここでできることは、もう何もない」
それは、直弥と威人の気持ちが決定的にずれたことを示す言葉だった
元々、直弥は半分自棄だったし、威人は仕事と割り切って対応していたのは事実だ
しかし、直弥の方は少し威人を信頼しようと努力したし、威人も何とかフォローできないかという情を持ったのも確かである
そして、威人は直弥に溜まった心の闇を見たし、直弥も威人が大きな悲しみを抱えているのも理解した
しかし、"王"の介入によるものなのか、それとも元々こうなる運命だったのか
二人の"ギブ"と"テイク"は一致を見ることが無く、空中分解してしまったのだった


退院してから直弥は一気に絵を仕上げ始めた
放課後は必ずあの事件があった公園に足を踏み入れ、夕闇を見ながら絵の具を操ることに没頭した
彼の母親は、やはり絵を描き続ける息子に文句を言いたかったが、その鬼気迫る空気に口を挟むことができなかった(苦痛の病院通いから解放されたこともあるのだろう)
そんな彼を、いつも威人が遠くから見ていた
感覚が鋭敏になっているのか、数十メートル離れたところにいるはずの彼の気配を感じることができた。威人は何も言わずに、ただ彼の後ろを付いていた
見守っているのか監視しているのか
直弥にはどちらでも良かった
ただ、あれだけ酷い言い合いをしたにもかかわらず、何らかの形で自分に関わってくれることが、妙に嬉しかった
言葉を交わすことが無くなっても、やっと心を分かり合える友人ができたような気がした
威人の方がどう思っていたかは、この際問題ではなかった
彼は徐々に力が入らなくなる体を引きずって公園に通った
それはまるで命をカンバスに塗るためのようだった
その日、威人は街の一角におろそしい闇の気配が集中していることに気づいた
なんであろう、あの公園である
「時が来たって言うのか?」
独りごちると、組織のメンバーに非常招集をかけた
きっと"王"は直弥を直接殺しに来る。そうしたらその隙を狙って討ち取ってやる
そうすれば直弥は解放される・・・恐らくそのまま死は免れないが、少なくとも人間としては死ねる
それが人間として正しい死だ・・・そう信じて、公園の周囲に強力な結界を張ったのだ
周辺の警備を仲間に任せると、言いしれぬ不安を胸に彼は公園の中央部に駆けた
直弥がいるであろう、夕焼けが見える場所に
(つづく)
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テーマ : 自作連載小説 - ジャンル : 小説・文学

2007/07/25 01:56 | 創作小説-2COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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