異界からの絵 (5)

何とかデータを救い出したものの、PC復旧のめどが立たずに困惑中
というのも、ケータイの調子も悪くなったからです

だいたい、PC復旧のために最悪でも電源を買わないといけないし、電話が修理となるとその費用も捻出しないといけない。場合によっては機種変になるし、頭が痛い

何かが悪くなる時っていうのは、全てがへたってしまうもの
いろいろと道連れにされていく傾向にあるのが人生
そういう意味では、ほんっとにノートPC買っておいてよかった…


果たして直弥はそこにいた
夕焼けを背に、満足げにカンバスを見つめて
「西原・・・」
威人が声をかけると、直弥は満面の笑みを浮かべて振り返った
「天堂君・・・描けたよ、僕の渾身の・・・渾身の・・・さ、くひ・・・ん」
そこまで言って、直弥の表情が急に消えた
そのままびくん!と硬直した彼は、カンバスの近くの空間をじっと見つめている。先ほどまでしっかり握っていた油絵道具も、だらりと手からに落としてしまう
「・・・来やがった!」
分かってはいたが、ヴァンパイアの王たるものには、人間の創った結界など意味はなかったのかも知れない
威人にとっては見慣れた、ずるりと音がするほど重い闇がそこに現われたかと思うと、"それ"はカンバスを"眺めて"歓喜の声を上げた
『素晴らしい・・・観ることのできない、かの凍てつく荒野に舞う凶鳥の姿を、これほどの芸術作品として仕上げるとは、貴方に時間を上げたかいがあったと言うもの!』
直弥はただその言葉を聞いているだけだ。なんの表情も見せはしない
(くそ、もう全部「持って行かれ」ちまったってのか!?)
ちっ、と舌打ちして威人は叫ぶ
「おいヴァンパイアの王!喜びに浸っているところ悪いが、アンタに消えてもらうために来た。そして西原は返してもらう!」
闇の中に"居る"金色の眼が威人を見た
『おや、この間の・・・返してもらう、とはどういう事でしょうか?』
「とぼけるな、オマエがソイツを喰おうとしているのは知っている!だがそうはさせない。力があるからと言って、手前てめぇの気まぐれで人の命を生かし、手前てめぇの気まぐれで人の命を奪う・・・そんなことのために、西原の、人間の命はあるんじゃない!!」
言うが否や"王"の姿をした闇に飛びかかる
この日のために、またもや無節操に集めた秘技・秘術を駆使して、"王"を撤退させようというのだ
『なるほど、確かにそれは然り』
威人の攻撃を"避け"ながら、闇の中の"王"は答えた
『君の言う通り、私は気まぐれで彼の命を弄んだといえましょう・・・だがしかし、それは君ら人間とて同じなのではないですか?
「なにっ!?」
意外な返答に、威人は目を見開く
『人間とて、他の生き物の命を気まぐれで奪い、気まぐれで生かすことはあるでしょう?役に立つからと言って家畜を育て、腹が減ったからと言ってそれを殺して肉を食う。さらには同族同士で、愛おしいからと隣人を愛しながら、不要になったと言って殺人を犯す。その気まぐれさとこれの何が違いますか?』
あまりにも理不尽な、しかしある種の真理を突いた言葉
ギリッ、っと威人は唇を噛んだ
「そんな・・・そんな理屈を!」
そんな言葉しか、反論としては出てこなかった
だが、認めて引き下がることはできない。理屈が通っていても感情を処理できないのが人間だ
「俺は人間世界のために、お前のような湧き出てくる異界を押し戻す。ただ、それだけだ!」
さらに闇に向かって飛びかかろうとする威人だが、急に目に見えない壁に進路を邪魔されたかと思うと、そのままその場で拘束されてしまう
「・・・くそっ!」
何とかして"王"のプレッシャーをはねのけようと必死で手足に力を入れる

それにしても、招集をかけてから時間が経っているはずなのに、仲間が誰一人来ない。念話も試みるが通じない
「くそ・・・ここだけ異界に切り離されてるのか・・・!」
多少の能力を持っていても、実際威人はほとんど普通の人間だった。体術で今までの修羅場を超えてきた。もうここまで来たら気合いで何とかするしかない

そうする間に闇が大きく広がり、直弥の姿を覆い隠そうとしていた
『さてナオヤ、貴方は目的を果たしました・・・代償をいただきましょう・・・』
"王"が、光を失った直弥の目を見ながら聞く
「・・・はい・・・」
状況を理解しているとは、とても思えない抑揚のない口調で直弥が答えた
このまま直弥は死ぬ。間違いなく死ぬ
それはこの状況を打破したとしても同じ
ただしこのままではは餌として
魂の救済も心の安寧もなく、ただバケモノに喰われるという、あまりにも理不尽な死

「くそっ、西原を返せ!そいつはただの餌じゃないんだぞ!!」
『まだ理解してもらえないのですかね』
このままでは落ち着いて食事にありつけないと思ったのか、それとも威人のしつこさにある種感心したのか、"王"はため息をつきながら話を続けた
『では君たちは、毎日食べる食事の元に思いを馳せることがあるのですか?』
「!?」
『我々にとって君たちは貴重な食料・・・そして身近によくいる生き物・・・ただの"餌"だなんて、そんな失礼な感覚は持っていません。人間無しでは、我々の生きる術はないのですから』
「な、何を・・・?」
『我々の力が何故こうあるのか、それを知る者はいません。しかし、この力を持ってして、世界を支配しようとか人間を滅ぼそうとか、そういう風に考える者も居ないのです。それには意味はない。人間が牛や豚を食べるために養うように、我々も人間たちが健全に生き延びるよう、ある意味養っているのですよ。ただ我々と君たちはごく近い種族であり、感情がぶつかり合って争いになることも、ある・・・そう言うことです』
驚愕すべき告白だった。それは本心なのだろうか、それともこちらの気持ちをはぐらかすための戯れ言なのだろうか
『善だとか悪だとか、そう言う考えを持って、あなた方は食事をしますか?そうしたら生きていけないでしょう?』
「だ、だからって・・・!」
認めない、認められない。認めてしまったら、今まで手にかけた多くの異形の者たち、それに転じた人間の魂を切り裂いたことを、罪悪として感じることになってしまう
『納得できないのも無理はありません。誰しも、自分の価値観が正義なのですから・・・さて』
威人を押しつける力が一段と強まる。骨が悲鳴を上げ、呼吸さえできなくなる
「・・・やめ・・・て」
突然直弥の声が響いた。すでに"王"の支配が及びつつあるため、彼は自分の意思ではほとんど何も考えられなくなっているはずだった。だが
「彼には・・・手・・・を・・・」
目は光を失い、表情さえ失った顔。それでも腹の底から絞り出すように哀願する直弥
『ほう・・・』
彼にそこまでさせる男だという事か。"王"はそう思うと術の手をゆるめた
『ナオヤに免じてここまでにしておきましょう・・・これからの神聖な儀式の前に無粋ですしね』
威人は突然に息ができるようになって、逆に苦しそうに咳き込んだ。が、体の自由は戻らない。何もない空間に張り付けにされたようになってしまっている
彼を見学者として仕立て終わった"王"は、散々獲物を待たされた獣のように、一気に直弥の首元にかぶりついた
「うぁ・・・」
直弥はか細く呻いた。彼の人間としての生が奪われようとしている・・・彼の肉体に残った魂が、今まさに全て奪われていく・・・威人には拷問のような風景である
やがて、直弥の体は力なく崩れ落ちた。闇の中の目に見えない支えに抑えられ、辛うじて立っているような姿勢を取っているだけだ
「に、西原・・・ッ」
威人は唇をかむ
また救えなかった・・・自分の力の無さに嫌気がさす
しかし、事はそれでは終わりではなかった
見ると、影から腕のようなものが伸びた。腕らしきものはそこから触手を伸ばし、自らを切りつけた・・・血が、ヴァンパイアの真祖の血が直弥の口元に流れ込む
「・・・まさか!?」
血の洗礼
威人も噂でしか聞いたことがない、ヒトをヴァンパイアへと変化させる儀式
真祖のみが執り行うことができる、唯一ヴァンパイアを増やすための方法
それが目の前で、直弥に対して行われている
『貴方は私の期待以上のモノを描いた・・・故に私はその代価として、貴方の願いを叶えましょう・・・さぁ受け入れなさい、ナオヤ』
だらり、と無造作に直弥の口に流れ込む血
最悪の事態を目前にし、威人は思わず叫んだ
「う、あ、あああ・・・っ、やめろォォォッ!!」
直弥の体に変化が訪れた
ぞわっ、と髪の毛が踊り、日本人特有の黒髪の一部の色が抜け、銀髪に変っていく
少年だった肉体は、見た目は大きく変らないものの、大人の持つ成熟した体つきに
これらの体の変化に呻く直弥の口元に、鋭利に伸びた真新しい犬歯が光る
「お・・・い、西原・・・直弥ァ!オマエが人間を・・・人をむさぼり食うバケモノになるなんて・・・悪魔になるなんて・・・!や、やめろ・・・っ」
威人は目をそらしたかった。だが、体は彼の意思に反して一向に動かない
「こんな光景を俺に見せるな・・・!やめてくれ・・・っ!何度こんなものを見せれば気が済むんだ、ちくしょう!!こんなの、こんなものは見たくないんだぁぁぁっ!」
そんな威人の叫びは、闇の中に虚しく響くだけだ
激しく痙攣し、悶えていた直弥の体が、突然大人しくなり、ゆらりと"立ち上がる"
直弥『だったもの』が自分を見た・・・そこにいる、黄色に輝く瞳をしたソレは何物だろうか
姿形は確かに直弥である。しかし、変化した体を満足げに見渡し、闇に浮かぶその姿は、威人の知っている彼ではあり得ない
なぜなら彼の魂は奪われ穢され、その体は造り替えられてしまったのだから
『どうだねナオヤ。生まれ変わった気分は』
「はい・・・最高の気分です・・・感謝します、マスター・・・見えます、今までは分からなかった、世界の真実が、美しいものが・・・アハハ、ハハハハハハッ・・・ハハハハハハ・・・!!
まだ目は虚ろながら、歓喜の表情を浮かべて直弥は笑う。人間としてのしがらみから解き放たれ、現世を生きていては決して視ることも知ることもできない光景を手に入れた・・・その悦び
(どこかのヴァンパイア映画のセリフかよ!)
威人はもう気力も体力も尽きかけていた。心の中で余計な突っ込みをするのが精一杯だ
そんな彼に、直弥であったものがゆらりと近づいた
『良いのですよ、本能に任せて、求めるモノを求めて良いのです』
「はいマスター・・・」
その目は、腹を空かし獲物を求めている者のそれであった。威人は憎悪とも哀れみとも付かない感情を抱く
直弥が半ば本能的に噛みついて少し血を吸った・・・が、途中ではっとしたように彼は飛び退いた
・・・そこに、威人が知っている直弥の"目"があった。自分が威人の嫌がることをしたこと、彼を少しでも傷つけたことに気づいた目だった・・・明らかに後悔の念を表している顔
「・・・なんだよ、その目は・・・ッ!」
「・・・ごめん・・・」
その口調が余計に腹立たしい。ソレは彼のよく知っている直弥のように謝る
悔しそうに威人は叫んだ
「なんでそんなことを言うんだよ!なんでそんな顔しやがる!!人間じゃない・・・もう人間じゃない癖に、謝って、悲しそうな顔して!!それで俺の気が済むとでも思うのか!?」
威人だって分かっている、直弥の目は真摯だった。彼は本当に悲しんでいた。けど、納得できない
そんな状況だからこそ、直弥は思いきって言った
「天堂は・・・威人は・・・友達だから・・・」
本当に、心底"悲しい"顔をして直弥は"言い訳"を言う
威人の心は張り裂けそうなほどの悲しみと怒りに押しつぶされそうになった
そんなことを今更言うな、そんな姿になってから言うな、どうして今言うんだ・・・!
もうヤケクソだった
「うるさい!オマエなんか・・・消えろよ!俺には見えない、その世界の真実とやらと友達になって、好き勝手やってこいよ!!」
自分でも何を言っているかよく分からなかった。ただとにかく、そこに居るものと別れたい、それだけだった
「・・・ごめん・・・」
その言葉と同時に突然闇が消えて、二人の姿もどこかへかき消えてしまった
「な・・・直弥、直弥ァァァ!」
突然身の自由を得た威人は叫んだ。しかし、そこには彼が描き残した絵以外、何も残っていなかった。周囲の闇は晴れ、元の公園に戻っていた

呆然と立ちつくしていた威人は、彼が描き残した絵に目を向けた
あのとき病室でおぼろげに現されていた異形の者が、ハッキリと描かれている
確かにそれは、"正常な"人間の精神では直視することも不可能な、まがまがしい光景である
(これが見たかったっていうのか・・・?)
威人にはその心情は全く理解できなかった・・・


「威人さん!」
「天堂!」
組織の仲間が駆けつけてきたのはしばらく後だった
「すみません、敵の術なのか、全くこの場所にたどり着けなくて・・・」
がっくりと肩を落している威人に向かって謝るメンバーだが、彼が泣いていることに気づいて言葉を止めた
「こんちくしょう・・・バカが・・・これで、これでいいって言うのか、あの野郎・・・」
また救えなかった
ヒトがヒトをやめるのを止められなかった
誰とも共有できない絶望を抱え、威人はその場でひとしきり泣いた
翌日
「いじめ事件の被害者、失踪か」
こんな記事が新聞に載った
遺書も書き置きも見つからず、事件直後の病院の治療体勢に問題があったのではとか、学校側の社会的責任がどうのとか、そんな憶測に満ちた話が飛び交った
警察がひとしきり一帯を捜索したが、家を出た後の足取りを知る者が無く(威人は口をつぐんだ)、やがて捜査の規模は縮小されていった
そんな中注目されたのは、残されていたという絵だった
気味の悪いほど美しいそれをして、いじめによる心の障害だと言うもの、元々あった才能を社会がダメにしたのだなどと言うものも居た
・・・やがて事件が忘れ去られようとしても、その絵は天堂病院のロビーに飾られ続けた
それは威人の意思だった

西原直弥という人間の墓標として掲げておく

それがその当時の彼に出来た、せめてもの手向けであった
(エピローグへ)
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テーマ : 自作連載小説 - ジャンル : 小説・文学

2007/07/25 20:49 | 創作小説-2COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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