アオイホノオ(著 島本和彦) 15巻を読んで

先日の記事のショックを引きずっていますが、一番悲しいのは、近親者の方々のはず・・・
我々が引きずってもしょうが無いもの

と言うわけではありませんが、先日購入した「アオイホノオ」15巻を読んで、感じたことを少し

それと言うのも、著者である島本和彦先生が、この漫画を書いて賞を取って、という話から思い至ったことである


「アオイホノオ」は、発売される度に一巻から読み返す
この漫画は、新刊が発売されたときに、その内容だけ読み返しても、意外とピンとこないと思う
新刊を読んでひとしきり笑った後、昔の焔君の有様から読み直してみると、実に泣ける
成長しているようで成長していなく
学ばなかったようで学び
道を真っ直ぐ進もうとしては、実はひたすら回り道をしていたり
そう言うもがく姿が、他の自伝漫画には無いリアリティと、実に奇妙な親近感を得る

特に今回の15巻では、前巻にて持ち込み作品を評価されて賞を取り
遂に自らの作品が世に送りだされる時がやって来た・・・にもかかわらず!
当時の編集部からロクな評価を貰えず(焔君視点)、女の子が可愛くないと言われて落ち込み
それでもなんとか、将来の担当さんとなる三上さんと接触しようとするも、その三上さんは新谷かおる先生の我が儘に振り回されそれどころではなく(このエピソード、書いて良かったのか?)
そんな合間に焔君は、大事なタイミングを人生をエンジョイすることにかけちゃったりして、ちっとも話が盛り上がらない
だが、こういう他の「自伝」にない、ごく「普通」なエピソードこそが、アオイホノオに泣き笑いをもたらす要因だと思う

そのせいかもしれないが、アオイホノオはドラマ化され、そう言った流れの下で小学館漫画賞を受賞された
様々な人が居ると思うが、自分を評価されるのは嬉しいのは間違いない
その時、先生がどれだけ狂喜乱舞し、切々と自らを語ったかが、ゲッサンラジオにて公開されているのでご覧頂きたい。
とんでもなく抱腹絶倒ながら、涙ながらに見てしまうのがすごい
(サイトはこちら

この受賞は素直に「おめでとうございます!」と申し上げたい
しかし、今になって島本先生が賞を受賞するのは、それこそ藤田和日郎先生が仰っているように、遅すぎる気がする
何故だろう

島本和彦先生の漫画家生活は長い
30年間のキャリアというのは、数多くの漫画家先生を並べてみても、非常に長いものだ
それも「真面目な熱血をギャグでやる」というスタンスを、ひたすらに追求し続けている
あたりが出たがために、いつまでも同じ作風を求められては挫折する人も居れば
一度名を馳せても後が続かなくて、ひっそり世の中に埋もれてしまう人も居る中で、である
こうした現状を見れば、30年の間に然るべき評価を成されていてもおかしくない

しかし
先生には非常に失礼であるが、島本和彦と言う人物が送り出した作品は、今ひとつマイナーだ
決して貶すわけに申し上げているわけでは無い
単純な客観論である
そのために、アオイホノオまで評価が遅れてしまったのかも知れない
でも何故だろうか

色々と考えてみたのだが
それは島本作品の中に、「これ」という確実な人気キャラクターが居ないせいなのか?と感じる

例えばある漫画家がいたとすれば、いくつかの作品の中での誰某が好きだ、と言うのは良くある
けれど、島本作品で、固有のキャラクターが挙げられるというのは、あまりない気がする
「逆境ナイン」や「炎の転校生」は、あまり島本作品に通じていない自分も知っているが、その中の不屈闘志が好きか?と言う話題はあまり・・・聞いたことが無い
その作品に出てくる台詞はピックアップされるのに、である

かと言って代表作が無いと言うとそうでなく、「機動武闘伝Gガンダム」では、ドモンのキャラクターが典型的な島本キャラクターであるし
「アニメ店長」の兄沢命斗なども、そういったくくりの中に有る、分かりやすい島本キャラクターとして話題に上がる
そう言うキャラクターも居るに居るのだ

ではそれらが、漫画の島本キャラクターと何が違うかというと
島本キャラクターのそれを判った上で、他人が動かしていると言うことなのだ
ドモンは今川監督のそれと、故逢坂浩司氏によるアレンジこそが、彼を引き立てたと言っても過言で無い

これは思うに、島本先生本人の性格による、作品の固化の影響下と考える
庵野監督が語るように各島本漫画は、まさしくご本人が出ているだけ、と言うほどストレートに人格が反映されているようだ
例えば今回のアオイホノオ15巻で、焔君は三上さんとの打ち合わせのために電話を引くが(すごい高いよ!)、これは一件焔君のいつもの自意識過剰に見えて、実は彼の実直さの表れなのである
「いつでも打ち合わせをできるように、夜に慣れるようにしないと・・・」
と言うモノローグは、漫画編集者の時間が夜にしか無いと認識した時、そこに自分を合わせないと相手に申し訳が無い、と思っているからでは?と考えられる
このド真面目さ、生真面目さこそが、島本作品には強く反映されている
先生自体が、曲がったことや裏のある行動、企みごとやら念の入った計画が立てられないのだ

漫画の中には実際、そう言った嘘っぽいキャラクターが必要で、それが事を盛り上げることもあるが、そう言う考え方がきっとご本人が許せないのではなかろうか
きっと先生には、デスノートのような物語は書けない。そういうキャラクターの存在に対しては、おそらく自分からパンチを食らわせてしまうに違いない
だからいつも島本キャラクターは、アツく正論を語る

ではアオイホノオはどうか
ここで面白いのは焔燃というキャラクターだ
もちろん、後に大物になる庵野監督らのキャラクターも面白いが、焔君のキャラクターが一番の魅力だ
そして焔君は誰なのかというと、それは島本先生本人なのだ

先生が面白くて楽しいのは、先生自身に漫画家仲間や業界関係者のファンが多いことで判る
その面白さに惹かれて、アオイホノオは声援を受けている・・・

そうか、とここで思った
島本作品で一番の「商品」は、実は先生ご本人なのだ!!
前作に当たる「吠えろペン」が面白かったように、先生自身のキャラクターが面白いから、アオイホノオは燃えるのだ
他の作品集の主人公が、いやに分かりやすいのに没個性なのは、全てそれが先生の生き写しだからなのではなかろうか?

そうだ、これを「アオイホノオ戦法」と名付け、生き様にしたならば、きっと先生は今以上に売れる!
・・・はずだと思った
たぶん
じゃあアオイホノオが終わったら先生はどうなるんだ?
・・・と、まるで作中の焔君のように、勝手に先生の心配をするのも、それは自分が読者だからだ
こういう気持ちの一致こそがアオイホノオの面白さだ・・・が
次回にもう焔君の作品が雑誌に載ってしまう!
作品は佳境なのか!?
それともまだ回り道は続くのか?

次回が非常に気になる15巻であった

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テーマ : 漫画の感想 - ジャンル : アニメ・コミック

2016/05/22 10:13 | 漫画書評COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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