シン・ゴジラをレンタルで観てみた

シン・ゴジラの円盤が発売されて、特典映像等で燃え上がる方々がネット上にわんさか居る中
レンタル版をPlayStationストアで買って見てた管理人です

島本先生の勇姿を見るのであれば、特典映像付きのBlu-ray版を買うべきなんでしょうが


先ず初めに、謝ります
実は自分、劇場でシン・ゴジラ観れてません

島本先生の同人誌だけは確保しながら、結局劇場に足を運べませんでした
言い訳をするならあの当時、暑い夏も相まってヘロヘロだったので、休みの日に遠出する余力は無かったんですよ

そして円盤発売決定したものの、いきなり購入する勇気も無く、まずはレンタル版を視聴した次第です

さて、どのような感想を抱いたかと言いますと

先ず自分としては、ゴジラに襲われている地域がモロ地元なので
「あああああ、そこ壊しちゃらめぇぇぇ!」
って勝手に悶えてましたねw

蒲田はもとより、江ノ島駅付近の商店街なんてもう、あああそこじゃん!うわああああってw
洋光台のマンションのあたりなんて、昔知人が住んでいたところなので、もうモロどこだか判って、またうわああああっw
身近な場所が舞台になっているというのは、自分にとってのめり込める要素になりました

と言う地元感を別として解説すると
「特撮オタクがオタクの知識を駆使して作った、怪獣を主題にしたパニック映画だ」
と言う形になります(長いな)

と言うのも
このゴジラ映画は、エンターテインメントではなく、涙の感動物語も無く、目立って活躍する特別な何かがあるわけでも無い
今の日本で「想定外」の怪物が現れたら、日本はどう対応するのだろうか、ということを淡々と描いているからです

もちろんそれは既に公開時に語られきったことですが、きちんと最初から最後まで観てよく判りました
ただし終わるまでは、「3.11のオマージュ」と言われた意見について、極力考えないようにも観ました
あんまりそこを意識してしまうと、感じるべき事がズレてしまう気がしたので

シン・ゴジラは前半・中盤・後半とに大きく分けられると思います
前半はとにかく「想定外」に日本社会が振り回される
閣議の様子や政治家の態度は、ともすると皮肉のようにも見えるが、実際はあんなもんでしょう
特に、「どの省庁に言ったんだ」とか、「所管はどこなんだ」なんて言うのは、官僚社会では普通にある事です。例え災害時でも
災害時と言えば、ゴジラ第二形態が居なくなった途端、普通の社会生活に戻る一般市民、というのも日本らしい
だが、そういうあるある風景が、実際には観客を映画に呼び込む演出でもある
中盤、ついにゴジラが本格的な行動を起こす。この時描かれる民間人の避難風景や、その先導役となっている消防署員、警察官、自衛隊員の姿がさらにリアルを誘う
巨大で恐ろしいものが迫っているのに、粛々と避難する姿。海外の怪獣映画だったら、もうこの時点で大パニック&暴動である
だが防災無線が流れる中、誘導する人を信じて逃げる日本人の姿は、観ている人に既視感を与える
そうした準備が整った上で、自衛隊によるゴジラ迎撃
これもいいところが、奇をてらった武装では無く、あくまで通常兵器でできる範囲の攻撃を粛々とやっている、という演出である
「やってやるぜ、このヤロー!」とか
「食らいやがれ、化け物め!」とか
そう言うの一切無し。日本国土を守るための防衛行動に対して、忠実且つ冷静に作戦に従事する姿が描かれる
こう言った流れの中で、「普段の準備なんて、"想定外"のゴジラには通じないんだよ!」と完璧に書き切ったからこそ、後半の怒濤の空想科学大戦に燃えられるのだ
なんかもうぶっ飛んでんだけど、とにかく頑張れ日本人!
ゴジラを沈めるんだ!!
と言う一体感を生み出すことができ、スッキリと物語が終わる

・・・が
ここに至るまで、ドラマは無い
涙と感動を呼ぶような演出はなーんもない
恋愛も無い無い付くし
会議は続くよどこまでも
感情論に走るでも無く、あくまで論理で話は進む
しかしその会議をしないとものは先に進まない
「アンノVS.ホノオ」に言わせれば、「会議と怪獣が戦っている」
201704014.jpg
派手さを求めている人には、この映画の2時間は苦行であろう

この映画の中「あっ」と来るのはそこじゃなくて、ゴジラ迎撃のために知恵を絞る主人公格らに対し、「ご苦労様」と言ってお茶とおにぎりを差し入れてくれる掃除のおばちゃんとか、ゴジラを倒すための資材をかき集めるため、周辺に頭を下げまくる役員の姿とか、そういう何気ないシーンが挙げられる

で、それが「アンノVS.ホノオ」で、島本和彦先生が一番言いたいことに繋がるわけです
これらの「ソツ無いリメイクものでは無いゴジラ」とは
「一作目その感動のそのまま再現ですよ!」
という焔君の言葉に集約されるのだ
201704011.jpg
シン・ゴジラ前半~中盤に表現される、「常識が通じないゴジラ」はまさしく初代ゴジラのそれである
これを見た庵野監督が、その衝撃を自分の時代の感性でそのまま作ったのだ

それを感じたのは、最初に我らが京急800形たんが、品川くんに襲われて壊れるシーンだ
京急さんのご指導通りに壊れていくあの800形は、何だか妙に「箱感」があった
そう言えば蒲田くんに襲われるマンションも、その中で逃げ遅れている家族のシーンも、妙にミニチュア感があった
そして最終的にヤシオリ作戦が始まった時、それが判ったのである
「いいですかトンコさん
昔のTVや映画は、やっぱり画面に出てくるものは完璧では無いんです
セットだと判ったりミニチュアだとわかったり合成だとわかったり
そこがまたいいんですが・・・
わかっていて脳内でこれは本物だと自分の力で認識させる・・・わざわざ努力して補完するんですよ!
ウルトラマンの目に空いている穴は本来無いものだと!
ジェット機を吊り下げているピアノ線など見えないと!
崖から落ちていく人形は本物の人間なんだと!!」

201704012.jpg
ああ、そうか!
そうやって感じた気持ちを再現するため、あえてあの表現なのだ!!

無人新幹線爆弾も無人在来線爆弾も、むっちゃくちゃリアルに作れるはずなのに、敢えてプラレール感が残っている
そしてプラレールである事を逆手に、「本物感を演出するためにセットをアップで撮る」アングルで撮影している
護衛艦から発射されたトマホークだって、なにも発射シーンだけじゃ無くて軌跡を追うことができるはずなのに、着弾シーンは敢えてビルの爆破のみ。しかもその爆破シーンも、特撮特有の「セットに設置した火薬が爆発した」感じと音を敢えて使っている
凍結液を流し込むポンプ車がやけにトミカっぽいのも、「ゴジラを撮影するセットに設置されたミニカー」なんだ
で、そのセット感覚だからこそ、このシーンには宇宙大戦争のテーマなのだ
特撮シーンであることを敢えて表現するためのあの音なのだ
201704013.jpg

そりゃあ特撮オタはアレにやられますよ
そしてその演出がわかっちゃったら、「やめろぉぉぉ!」って叫びますよ

だってそれは特撮オタだったらやってみたいもの
自分が昔感動させられたものだもの
やれるもんならやりたい
けど大人の事情でやらせて貰えないものを、庵野秀明がやりやがった!
って悶えるわけだ。よく判った

だからこそ、自分の流儀を貫き通した庵野監督はすごいし、それをなんやかんやで許容した樋口監督や東宝も凄いわけです
そして島本和彦先生が指摘するように、「それ」に苦しめられたクリエーターは大変だ
この後を描かなければいけない、虚淵版ゴジラはプレッシャー大である

東京に鎮座したままのシン・ゴジラのように、映画「シン・ゴジラ」はゴジラ映画の歴史に、大きな大きな「痕」を残したと言っても過言では無い作品でしょう
純粋な特撮好きなら見る価値ありです

スポンサーサイト

テーマ : シン・ゴジラ - ジャンル : 映画

2017/04/01 15:58 | アニメ感想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

 | BLOG TOP |