人生の方向音痴(リアル人生の話)

虚淵版「ゴジラ」のイメージが公開され
声優の藤原さん復帰のニュースが流れ
新作マジンガーZの映画続報も流れ

と、いろいろと情報豊作な中、みなさんいかがお過ごしでしょうか

自分はと言いますと
DIABLO3のseason10がそろそろ終わりなので、ラストスパートせねばってのと、ネクロマンサー追加パック発売時期&価格が気になってます
一方で、10年近く使ってきたFILCOのキーボードがマジでやばくなってきて、新しいのを買おうかな・・・とも考えたり
Enterキーの入力が過剰反応になってしまい、さらに左側のSHIFTキーが効かなくなってきて・・・
まぁ、10年も使えば充分元取ってるんだけど、じゃあ今度はどうしようかってところです


今日のお題ですが、スパロボに出てきたグリリバ声の厨二病ではありません

自分の人生は
今居る自分の居場所は
自身にとって「良い」ところなのか、と考えることがしばしばあります


人生はよく道に例えられます
生まれたというスタート地点から、死ぬというゴールまでの間の「道筋」を、生き物は歩んで進んでいると言えます
そうすると、似たような道を選んできた人達が集まる場が、サークルや会社といった社会的な「場」なのでは、とふと思いました
気質が似た人、目的が似た人が集まる場にたどり着き、そこで人生を謳歌するなり金を稼ぐ
特に問題が無ければ、そうやって「普通に」暮らせるのでは無いのかな、と

ですが普通の人でも時として、自分探しとしてその場から離れ、違う道を探しに行くぐらいなので、適応障害や発達障害、鬱を発症してしまった人は、なかなか自分にとっていい「場」に落ち着くことはできません
自分自身の鬱がなかなか治らないのも、転職を繰り返しても「いい場所」を見つけきれていないから、という可能性もあります

その時考えたのは
自分にとって適切で無い(かもしれない)「場」に居るのは何故なのか、ということでした
基本的に人生という道において、示された選択方向をどう選ぶかというのは、どんな人であれ最終的には自分自身だと思います
ただ、子供の頃は大人が示す方向に誘導されることもあるでしょう
たまたま人生の交差点で出逢った人にヒントをもらう、または導いてもらうと言うこともあるかも知れません
それでも「そこ」に行っていると考えて納得しているのは、他でも無い自分自身ではないか、とは考えました
けれども結果として「合っていない」場所にたどり着いてしまい、苦しむのは何故なのか

そう考えると、アスペルガー症候群なり発達障害を抱えている人というのは、人生の方向音痴なのではないのか、と思いついたのです
脳に障害を持たない人は、自然と自分自身にふさわしい場所を探せるか、適材適所を判断することが可能なのだと思います
しかし障害持ちの人間は、その場が自分に合っているのか、そもそも選んだ道が危険で無いか、そういったことを判断しづらいのではないのかな、と

そう考えると、障害持ちに支援をして欲しい(したい)といった訴えが、実際に上手く働かない現状と、少しマッチするような気がします
まず健常者から見れば、障害を持つかもしれない相手が、そもそもその本人が望んでそこに来たのか、間違っていないと思ってそこに来たのか判りません
そうすると、下手くそのくせに反省する気が無いとか、役に立たない癖に懲りないとか、そんな評価をするような形になってしまい、それが虐めやパワハラに繋がってしまうのではないでしょうか

障害持ちの人間側はというと、道を間違ってきたのかどうかなんて、全く判るはずがない
アスペルガー症候群等の自覚が無い場合はもっと不幸で、頑張りたいと思っているのにできない、勉強をしてきたはずなのに上手くいかない、という状態になりがちで、そうすると健常者からの冷たい反応と、適応できないことが自己責任ではないか、という気持ちに押し潰されて鬱になったり、最悪自殺してしまう
迷子になってそこに来たかも知れないのに、そのように全体が認識しない(できない)ので、不幸なことを招いてしまう

これは健常者同士でもあり得ることで、脳に障害が無い人でも鬱になる原因の一つなんじゃないのか、と思います

これを避けるには、どうにも上手く行かない人に対して、「話を聞く」という簡単な行為を一つ足すだけ、じゃないんでしょうか

現代の余裕の無さのせいなのか、どうにも集団に馴染まない人が居ると、とにかく叩いて叩いて追い出すというのが、今の世の中見られる傾向に思います
でもそうする前に、「どうしちゃったんだい?」と一言あれば
技量が足りないのか
経験が足りないのか
それとも人生の迷子なのか
多少なりとも判断が付き、双方にとって最適な選択肢を見つける可能性を示せるのではないでしょうか?
たった一言、大丈夫か?という声を掛け合えさえすれば、無用な自殺も減るのではないでしょうか
道ばたで泣いている迷子に対して、迷子になったことを責めても何も解決しないように、人生の迷子もまた状況を聞き合わなければ誰も得しないのではないのかな、と

社会全体のスピードが上がり、時間が進むことに対して乗り遅れないように必至で、誰もがゆっくりできない社会
とにかく自分の歩調に合わない相手が、邪魔になってイラつく人が増えているようです

かつて、がむしゃらに働く人が多くても、時間の進み方が違った数十年前
その頃は、今は脳の障害と診断されるかも知れない人も、普通のヒトの中で「どうしたの?」と声をかけて貰えていたんじゃないのかな、と思います
だから現代と違って、別に障害が「解明」されなくても、適切な場所に歩き直せていたんじゃないのでしょうか

自分がそう思っている以上、少なくとも自分と付き合う人相手にはそうしています
余程でなければ相手に憤ったりせず、どうしたら互いに次に進めるかを話すよう努めます
何せ自分が迷子かも知れないのに、道を間違えてない相手に間違ってるなんて言えませんよね
お互いが間違っている場合だってあるのに、一人イラついてどうするんでしょう

数ヶ月前に呟きましたが、迷子が迷ったままなのも、社会の余裕がないせいなんじゃないのか、って思います
ブレーキをかけられないまま進んだって、誰も得しないのになぁ・・・

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2017/06/17 19:53 | 雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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No:5625 2017/06/18 18:55 | # [ 編集 ]

人生とはアドリフだらけ

アニメ作品を見て一つ思う事。

 “今の状態が幸せかもなぁ(特に戦争や魔法とか出てくると)”

『ID-0』に出てくるマインドトランスなんて怖すぎです……


”対向車線から自動車がジャンプして観光バス衝突”でドライブレコーダーが売れ出す……これドラレコ装着率高いロシアでさえも撮影出来ないかも……。


”イージス艦コンテナ船に衝突”でバトルシップ放送中止……これは仕方ないと思う、乗務員七名が帰らぬ人に……こうなると日本側もそれなりの配慮がコレかな?


今週のID-0

久しぶりに板野サーカスに超弩級宇宙船……どうもラシーブは宇宙怪獣やバジュラに並ぶ程の厄介に……科学者二名の大げんかにげんなり。

美沙「拾ったものを使うからです」
マヤ「フォールドシステムと同じですか?」
イサム、ガルド「「喧嘩なら二人きりの時にしろよなぁ」」
マヤ「試作機二機で市街地実弾発砲しまくったあなたがた何を」


No:5626 2017/06/20 01:08 | YF-19k(kyouske) #vOF08ZPo URL [ 編集 ]

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