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ヒトと鳥 ~形質と知性と文明~

十何年ぶりかで、9連休が取れそうな管理人です
身体が怠けそうな気がするが、それぐらいの方が今の自分には良いのかも知れない
古いPCを解体して、ゴミを片付けして、部屋の模様替えもしたいところでして
・・・積みプラもなんとかしたいのですが

鬱に関しては、薬でほとんど無理矢理何とかしてる状況なので、少々反動が来てますが・・・
その辺りをなんとかすべく、長い休みの間にできるだけ「できなかったこと」を済ませてみたいです

さて、今日の記事はアニメとは全然関係なくて、ずっと温めていた生命のお話
昔自分が習った理科や生物の授業では、到底判らなかった内容について考えた物
・・・と思ったら、「鳥を識る」という本で、ほとんどネタ被りしてるの気づいちゃったんですが、読む前にまとめて書いていた物なので、パクリと言われようが記事にしちゃいます
興味のある方だけどうぞ

こんな歳になってからでも、博物館や自然史博物館で、学芸員やれるのかなぁ(遠い目


ヒトと鳥は似ている

突然何を言うかと思うかも知れない
確かに、鳥とヒトとには外見上からして大きな差異がある
だが、二足歩行(厳密に言えば方式が異なるが)、道具の作成、鋭い知性、幅広い環境への適応、といった多くの共通点も持っている

しかし、鳥はヒトにできないことをやってのける
自らの力で空を飛ぶことだ

二足歩行によって自由になった前肢を翼へと変化させ、哺乳類とは異なる驚異的な効率を誇る肺と、飛行に特化した体型と骨格、優れた運動性を制御する脳が、彼らにそれをさせている
一方でヒトは鳥にできないことができる
自らの力で周辺の世界を作り替えてしまう能力である
地球環境に自らの都合を割り込ませ、自分達の都合の良い空間を作り出してしまうのだ


最近ようやく、鳥が「滅びなかった恐竜である」という理論も受け容れられてきた
ほんの30年ほど前まで、鳥と恐竜の関係性はある種のタブーであった。だが昔から自分は、鳥が獣脚類の一種から進化した、という話は正しいのでは無いかと考えていた
やっと10年ほど前から、鳥は「飛ばなかった恐竜」というのが公に語られるようになり、今では鳥=恐竜とさえ言われている
つまり鳥とは「鳥類」ではなく、厳密に言えば恐竜類であり、強いて言えば爬虫類に近縁なのだ
そう言った視点で考えると、ヒトと鳥はペルム紀に両生類から分かれて以来、実に3億年近く生命として別の道を歩んだ間柄だ
これだけ離れた存在でありながら、それぞれの進化で得た形態が似通っている。これは収斂進化の一種とも考えられるが、そうだとしても興味深い


爬虫類の一部が恐竜類として分化した。三畳紀の前半のことである
その時恐竜類は既に二足歩行を獲得していた。二足歩行と言う形態としては、彼らはヒトと遡ること2億5千万年も先輩なのだ
二足歩行とは、身体の真下に脚が生えており、かつ後脚によって直立移動する形態を指す
世間的にマイナーな生き物として、直立歩行する"ワニ"クルロタルシ類という生き物が、恐竜類出現よりやや前に存在していた。現在我々が知る爬虫類は、脚が身体の横に向かって付いて這って歩く(だから爬虫類)なのだが、この生き物もまた直立歩行していた。だが彼らはどこまでも四足歩行であった
恐竜類とヒトが選んだのは、二本の後ろ脚を使って"起つ"形式だ

どうもこの体形の選択は、三畳紀以降の地球環境において、相当に有利だったようだ(おそらく、肺呼吸と酸素循環の効率において)
というのも、初期の恐竜類としてエオラプトルやコエロフィシスが居るが、彼らの2億年以上先に生きた恐竜であるオルニトミムスは、そこからほとんど骨格が変わっていない
また、竜脚類として知られるブラキオサウルス達、角竜類として知られるトリケラトプス達も、基本的には二足歩行から身体の構造を変えていない
骨格をよく見ていただければ判るが、彼らの身体の重心は後ろ脚にある。巨大になる身体を支えるため、進化の過程で前脚を地上に戻しのであり、基本的なスタイル選択は変わっていない

生物は年月が経つと、新しくなるというのが進化だと考える人が多いが、進化と変化は異なる
選ばれた形態が優れていれば、その形態は長く"選択"されるので、同じような姿の生物が長く出現し続けるのもまた進化である
さて二足歩行というと、霊長類のホモ属に固有の、ヒトの優れた点だと捉えられがちだ
そして二足歩行こそがヒトをヒトたらしめ、自由になった両手により道具を手に入れて文化を得たとも考えられる傾向がある
(特に、ヒトのみが行う直立二足歩行という点について)
だが先ほどの例に示すとおり、二足歩行と自由な両手は、既に恐竜類が獲得した特徴であった
さらにそれを維持し、突き詰めた先の姿が鳥類なのである(飛ぶために鳥になったのでは無く、獲得した特徴が鳥を導き出した)
と言うことは古鳥類には、両前肢が『羽』になる前の間、それなりに前肢が自由な時代がかなりあったのだ

そんな彼らが、6,500万年前の絶滅を生き延び、そのまま進化したならば、「恐竜人間(ディノサウロイド)」に進化したのでは無いか、と言われた時期があった
1,980~90年代の頃である
当時はその説に大いに湧き、(現在の)Eテレで「恐竜惑星」というアニメも流行ったほどだった。私もこの話に盛り上がった口だ

だが前述したように、ヒトと鳥は生きる道を全く違えた

鳥はあくまで、地球環境に寄り添って生きている
環境の寒暖差に対して、身体の反応や羽毛の量を変化させて対応し、変化する状況に順応する
だがヒトは、世界を変えて生き残ってきた
自らの周辺を畑にしたり家にしたり、川の流れを変えた。地球に合わせて"変化"することは止めた
その生きる方向は全くの真逆である


3億年も前に二足歩行を手に入れていながら、その後"知性を持つ"と期待された獣脚類が出現するまでの2億年近い時間の中で、人類が期待するような"文明"は現れなかったのは、その生命としての方向によるものが、多分に多いだろう
もっと判りやすく言うと、二足歩行も自由な前脚も、実は知性や文明には全く関係が無いのだ、とも言える
(もちろん、人類が見つけていないだけで、彼らも道具を作ったかも知れない。だが、それが人類の期待する方向の物で無ければ、例え発見されたとしても"それ"を理解することは、まるでクトゥルー神話を理解出来ないように、我々には"発見"にはできまい。それこそイスの偉大なる種族に時間旅行をさせてもらうしか無い)

脳の構造や大きさを主張する向きもあるだろうが、脳の構造とはそれぞれの生き物が生き抜くために獲得した"特徴"なので、ヒトの脳の比重や構造を基準に事を語ったところで、それは全く比較にならない
むしろ鳥類の"知性"はめざましい物があり、手の代わりに嘴を利用して器用に道具を作り、営巣しコミュニケーションを取り、時にヒトを含む他の生物を騙すことさえやってのける
こう言った物を見るに付け、すでに鳥類は"文化"を築いていると言っても過言では無い、と思うことがある

そういう意味では、エコロケーションで互いを認識し合う鯨類も、我々の隣人である類人猿も、"文化"と呼べる物は充分持っている
人類は、自分達の類似に期待しすぎているが、こうしてみるとホモ・サピエンス自体が地球全体の生命史では異端なのだ

私はいつか、ヒトという種族が、何故地球に合わせることを止め、自らの都合に合わせて環境を変える生き物になったのか、そのきっかけと理由を識りたいと願っている

究極的に言えば、現生人類は進化を止めた袋小路の存在だ
世界中に広がって生きていても、その遺伝的な変異は乏しく、今後大きな環境変化があれば、その変化圧に耐えられずに絶滅する可能性が高い
実は人類の方が絶滅危惧種であると言っても過言では無い


だが、鳥類は生き残るかも知れない
例えばハワイ諸島に生息するハチドリは、今現在でさえ3~10年スパンで種分化を繰り返している
アメリカ大陸のカラスたちは、遺伝変異を抑えるため、自ら種の集合と分化を行っている
人類が地球環境に与えている影響は高いが、それでもなおたくましく生きる、二足歩行の先輩達は居る

彼ら先輩に、どのように生き抜くべきか答えを聞ける頃、人類が生き残っている保証は無い
一方で鳥類は、人類が消えても何食わぬ顔で空を駆け巡るかもしれない
もう戻れない道に入った、二足歩行の後発組は、先輩達から何を学べるのだろうか

高く空を見上げると、今年もツバメたちが民家に営巣にやって来た
そう、春がやって来たから
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テーマ : 宇宙・科学・技術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2018/04/30 22:51 | 雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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