作品の時代性~原点とリメイク~

今日のルパパト
圭一郎先輩に注目が集まる回だったので、彼を除く5人が"みんなで"、何気なく協力してしまう、という物語性が良かった
*パトレンジャー
圭一郎先輩と付き合おうなどとと、なんという命知らずか、と思って観たら、末那ちゃんええ子やんか・・・
むしろ圭一郎先輩の、「駄目だけど、そこが良い」ところがまたもやクローズアップされ、本人の株がストップ高になっただけという
末那ちゃんに惚れられてるの、最初から判ってるんだ。判ってて、今の自分では答えられない。真面目だから。世界の平和のために本当に真剣に真面目だから。最終的に、末那ちゃんもそれ判って旅立ってる。何だよ、この純愛
みんな好きにならないわけじゃいじゃない、こんなキャラ
朝加圭一郎という漢、恐るべし
ちなみに、夢の中でぬいぐるみに囲まれデレデレの本性を剥き出しにしたつかさ先輩と、初美花が好きだけど写真集止まりで(成年として)自制している咲也の方が笑いを誘ったという・・・
圭一郎先輩のお巡りさん姿は永久保存版です(ぇ
*ルパンレンジャー
レッドとブルーの出番がアレだったけど、今回はこれでいいのかも知れない
今回のことで、初美花だけがパトレンジャー側と踏み込んだ関係になった。これは後々の伏線になるのだろうか
彼女を演じる工藤遥さんが、モーニング娘。で積んだ経験が活かされた演出も良かった
そして、この全員で圭一郎先輩を見守る光景がほっこりする
20180603.jpg
これ、いつか崩れる日が来るんだよね・・・
*ギャングラー
ギャングラー怪人の声が置鮎さんだったので、エラいエレガントな敵に聞こえました(中の人ネタやめい


はい、今日はダリフラが休みだったので、違うネタですよ


過去作品のリメイクには批判的な自分ですが、ある日見た「ベルサイユのばら」が宝塚で何度も上演される理由を書いた記事に、考えさせられるものがありました
ソースを忘れてしまったので、若干の解釈違いがあるかもしれませんが
「古典的名作であるからこそ、何度も何度も長きに渡って上映されなければ、いつか忘れられてしまう(要約)」
と言う趣旨の文言でした
なるほど、そういう事情は肯ける、と腕組みしてしまったのです

自分がリメイク物に肯定的になれないのは、マンガ・アニメ・小説に関わらず、文芸作品には「旬」があると考えているからです
ある作品が生まれた時、それが話題性の元になるのは、少なからず作品が生まれた時代性を捉えていて、そのために幅広い支持を受けるのだ、と思うわけです
(もちろん、時代を超えた名作というのは存在していて、誰しもがいつでも感慨を受けることができる物があるのは事実です)

この時代性というのところがミソで、アニメなどのリメイクを行うと、ほぼ必ず原点からの設定変更が入ってしまう
それは時代の変遷による、価値観等の変化から来る物です
例えば「孤児」という設定が無くなる、「奴隷」であった設定が無くなる、といったところ
けれども、その設定自体が作品の「良さ」に直結していること、ストーリーの根幹に関わっている等あることを考えると、そこを時代に合わせて変えるっていうのは、それでいいの?という疑問に繋がるのです

例えば、「グレートマジンガー」に出てくる、剣鉄也や炎ジュンの孤児設定
さらにジュンの黒人とのハーフというところは、まさに時代の反映です
当時の日本が、子供が親元ですくすく育つこと、それだけで充分に幸せであった時代
黒人とのハーフというのが、戦後の負い目を象徴して、悲しみを訴えること
そんな負の面を備えた人物が、世界のためにミケーネと戦うことが、エキセントリックさを引き出すわけです

だから当時はヒット作となり、その時代を知る人には名作として語り継がれる
兜甲児を光とした場合の、剣鉄也の影を理解するには、やはり時代背景に理解が必要ではないでしょうか
剣鉄也を、影があってニヒルだが、仕事に対してはプロ、という面だけで理解しては、グレートマジンガーの良さを正しく理解しているとは言えません

だから、70年代、80年代の作品がリメイクされるのは、あまりに好ましくない、といつも思うのです
絵が綺麗になれば良いという物では無い
作品が生まれた時代のエキスが抜けていては、スープの上澄みをすすっているに過ぎないのです

が、冒頭の情報を見た時に、ハッとするところはあったのです
名作・秀作と言われようと、その作品自体を語り継がねば、それは忘れ去られて行くという宿命

日本においては、「源氏物語」等の1000年以上前の作品が残っているのも、この1000年の間に生きた人達が、その時代に合わせて過去の文芸を読み返し、その感想を時々で綴ってきたからこそ、原本と解釈本が残り続けてきたのだと

もっと身近で考えるなら、ウルトラマン・仮面ライダーが、一時の低迷期を脱して、それでも残り続けているのは、原点を追い求めていた当時の子供達が、諦めずに大人になって制作を続けているから
そう言った大人達を、当時の制作者達が受け容れているから
引き継ぐというのは、そう言うことかも知れません


シン・ゴジラが大ヒットした理由も、島本和彦先生が言っていますが
「一作目の感動、そのままの再現」(アンノ対ホノオより)
を庵野監督がやりきったか
らこそなのですね
時代の変遷に伴う設定変更と、原点たる作品のズレが少なかった

こういったリメイクの成功例増加を考えると、いつまでも原点にこだわっていることは、逆に原点を失うことに繋がるのか、と考えました
時代背景を知らない人でも、見ていて興味が湧く物を出し続けなければ、いかな名作も埋もれて失われてしまう

作品を守り続けるのは、原点だけにこだわるのが正しい姿勢ではない、のかもしれない
もしできることがあるとすれば、リスペクトの精神を忘れないことではなかろうか
原点とする作品の上澄みだけを使うのでは無く、その時に感じた感動を、受け止めたままに再現できる力を持つこと

クリエイターでも何でもない自分が言えたことでも無いが、そこにたどり着いた人だけが、リメイクにおいて成功できるのでは無いかと考えた今日この頃である


ちなみに自分の「戦争」理解の原点は、実はエリア88(漫画版)だったりする・・・
金と見栄で、関係ない人が居るところに戦争って持ち込めるんだ、ってアレで知ってしまった
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テーマ : アニメ・感想 - ジャンル : アニメ・コミック

2018/06/03 20:37 | 漫画考察COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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