FC2ブログ

格も儚き電子データのあわれ

YouTubeに、キュータマダンシングを踊る、ルパパトメンバー動画がアップされてたんですが
何だこの、可愛い7人

VRで画面がぐるぐる回るので、それもまたすごい
圭一郎先輩だけ追っかけてましたw

とは言え今日の話題は、こう言ったネタその物に対するアンチテーゼ的な部分があるんですが


最近と言うほどでも無いが、通信環境のと途絶、電子データの喪失、と言った話題は尽きない
その話を聞く度に、そう言うことは起こって当り前で、バックアップ体制の不備だとか、技術不足というのは論点が違うと思っている
IT業界に携わるものとして矛盾した発言であるが、何でも電子化すれば良いと言うものでは無い、と痛感しているからである

人類の歴史の一側面として、取得した知識、いかに圧縮して記録し、次世代に伝えるかということが、主な命題に入っていたと認識する
その最初期は、拙い言葉(音声)を口づてであったろう
これが一つ進んだのが、壁画やその他鉱物へのマーキング、という物になる
そして、草葉への記録というように手段と情報量は進化していく
(石への記録とパピルス、木簡ような草木への記録は、並行して起こった革命の可能性があるので、どれが先とは断定不能だろう)
印象画から、一定の意味を持った記号へ、そして文字へ
これらは情報の圧縮に他なならい

我々が常時利用している漢字がまさにそうであるように
人を描いた"像"から、それを意味する記号への変化。そしてその記号を含むことで、それに関する情報である、と言う事を主張する文字
そのようにして、人々は時間をかけ、自らが得た知識を圧縮して記録媒体に保管してきた
過去についての情報を遺し、未来への道標を指し示すために
事象を文章に変換すると言うことは、要素の圧縮に他ならない
これを紙などに記すことで、口伝てという手段を省くことができ、さらに情報は圧縮される

そう考えると、今も昔も字を読める人(書記)が、社会で珍重される理由がわかる
字が読めるということは、過去の記録を読み解き、ベールに隠された世界を読み解ける、謂わば魔法使いなのだ


中世日本が明治維新前、欧米に飲み込まれなかったのは、この識字率の高さに一つの要因があると言われている
当時の列強は、権力者と民衆の間にある壁を利用し、 弱者として「情報」から切り離された民衆を焚きつけることで、植民地支配を広げてきた
しかし日本は、寺子屋制度があったことから、幸か不幸か下々まで知識が広がり、識字率70%以上と言う、当時の世界を観ても異常な教育が行き届いていた
それ故に、諸外国の妙な口添えは逆に功を奏さず、むしろ内部でそのような干渉にどう対処するかが検討され、結果として維新が進み、植民地化を回避したとされている
このようにして、年月とともに情報の保存及び圧縮技術を発展させてきた人類が、今進もうとしているのが、情報の電子化である
ITに携わるものとして、その傾向が良いか悪いかと考えた時
かつてはその圧縮率の進捗状況に一喜一憂していたものだが、今では憂いしか無い

それは、電子的に保存(アーカイブ)されたデータは、電子的にしか復調(デコード)できない、ということをしみじみ感じたからだ
もしも遙かな未来にこの時代が伝わることがあるのなら、それは最も情報の欠落した世代と言われるかもしれない
なぜなら、今やクラウド花盛りで「紙媒体を電子化へ」が流行であるが、ローカルPCに保存されたデータすら、電気が切れたら一切失われる、という状態にあるからである
一般的な電子上のデータは、結論から言うと0と1でしか現されていない。そしてその0と1は、電気が通っていないと判別できない
また、電子データを読み取る手段によって、デコード方法も多岐にわたる
簡単に言うなら、同じような形態をしたCDとDVDも、レーザー波長が違えば読み取ることができない
それ故、つい最近まで使われていた、レコード、カセットテープ、ビデオテープと言った媒体に保存されたデータが、再生不能に陥るケースが出ている
同時に、電源喪失と言った事態に巻き込まれ、クラウド上のデータが一夜のうちに喪失する事態も発生している
電気無しでは、高度に圧縮された情報を再生することができない
それが2000年代前半の情報保存の実情と言える

それだからこそ、自分は超重要なデータは印刷するように心がけている
もちろん、紙は燃えたり濡れたりすれば駄目になるのだが、少なくとも「どこに存在したかも判らなくなる」電子データよりは良い

しかし、多くの人が
自分が保存したいと思っているデータが、電源喪失で失われると言う事に頓着が無い
と言うか、そう言う知識が無い

電源を保てば良いという話では無い
現代の人類が使っている電気技術は、永続的に電源を供給できる仕組みが整っていない
電気というのは相変わらず揮発性で再生が効かず、蓄電技術は稚拙でしかも長時間保たない
そもそも、現代人類の発電というのは、地球が溜め込んだ熱エネルギーを取り出して、電気という形に変換しているだけのものである
言ってみれば、地球が進化する歴史の中で、たまたま封じ込めた熱エネルギー(=生命にとってちょうど良い気温になる要素)を、わざわざ掘り返して大気中に解放しているのである
そりゃあ地球は暖まるわけで、温暖化が進むのは当り前なのだ
だから私は、メタンハイドレートの資源利用には俄然反対である
アレが一番、地球が苦労して保存した「気温」の正体なのだ
あんなものを使い始めたら、地球が金星化してもおかしくない

デコード手段を失った情報は消える
例え0と1を見極めることができても、それのどこをどう繋げて「読み取れる情報」にするかは、アーカイブ元の決めごと故、それだけではどうしようも無い
そして人類社会は、技術革新と称してどんどんアーカイブとデコードの手段を失っている
たった100年前の情報ですら、手回し映写機の再生機が失われて行き、そこに記録された物を見ることができない
身近な例を挙げれば、社会全体多くの場所で、FDDすら再生する手段が無い事だろう
FDDと言えば、ほんの20年前まではまだ主要な記録媒体だった

さらに、昨今は電源確保の手段が怪しい
人々は電気がある事が普通であり、それが途切れることがないと無邪気に信じている
だが災害に遭えば判るように、電気は水より簡単に供給源を失う
今、自分自身がブログを書けているのも、裏で電力会社が不断の努力を行ってくださり、インフラを支えているからにすぎない

全ての人は、記録(アーカイブ)と解読(デコード)が、それに適した手段があってこそできるものだ、という基礎知識をつけるべきだと常々思う
形として残っている文字でさえ、読み書きできる人物(デコード手段)を失えば、その意味は永遠に失われるのだから
石や木片に記録する手段は一見原始的に見えるが、地球上に自然に存在する物に記録したと言う視点で言えば、謂わば地球に守って貰える方法を使っている分、後の時代に残りやすい
もしも今この瞬間、全ての発電所が止まれば、そこで人類の英知とやらは永遠に闇に失われる
電子化盲信は、ある意味では人類の歴史を巻き戻す危険性を孕む、ガラスよりももろい代物なんだと、今こそ自分は思う
そういう意味では、太陽圏外に向かいつつあるボイジャーに積まれた「黄金のディスク」は、完全に人類のロマンなのだと思わざるを得ない
円状の記録媒体に、再生用の針を落として、音声を伝えるという手段を、一体どれだけの知的生命体と共有できるというのだろう
1970年代の、未来への無限の夢が生み出した、儚いけれど精一杯の知恵を載せた幻想の代物、それがゴールデンディスクなのだなと思うと、"アレ"に夢を載せた我々人類も、やはり儚い時間の塵でしか無いのかも知れない、と思うのだ
スポンサーサイト

テーマ : 日記・雑記 - ジャンル : ゲーム

2019/04/14 14:36 | 雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

 | BLOG TOP |